2015年02月08日

正しさにこだわりすぎてうまくいかない科学コミュニケーション

つ政治的な話にはあまり触れない方がいいと思うのだが、本事項を説明する際には
ちょっと触れざるをいけないのではないかと思う。

歴史修正主義とかいう考え方があるらしい。
よくはわからないけど、今一般的に言われている歴史の見方ってのが
間違っていて、それを正そうという考え方だろうか。
そしてそれに反対する人たちもいるという。

…ぶっちゃけネット以外で見たことがないんだがこの単語。

つまるところ、それが実際に問題だとしても、問題であることを
うまく知らない人に伝えられていないのではないかと思う。
似たようなことが、例えば一部の疑似科学批判にもあると思う。

一体どうしてこうなったのか。
どっちも大本の考え方がまちがっていないとして、どうして問題を
うまく伝えることができないのか。
そして一向に解決に向かわないのはなぜか?

自分たちの意見が正しい、だからその意見に反対する奴は間違っている。
まあここまではいいだろう。問題はその先にある。
正しくない意見を信じている人間は馬鹿、までいくとそりゃもうアウトだ。
さらに、そこに加えて相手を見下すような発言とかしたら、第三者から見て
ネガティブな反応を返されることは間違いない。

少なくともその分野に興味を持つどころか、なんか怖いから近寄るのは
やめようとか思うかもしれない。それってどうなんだ。

それに加えて、相手の方が少なくとも表面的には見下すような発言を
しないとしたら…こりゃもう自分で自分の首を絞めているようなものである。

正しいかどうかというのは、議論においてもちろん大切である。

なのだが、それ以前のコミュニケーションに問題があるような人間が
その議論にかかわって、結果正しい正しくない以前にかかわりあいたくない、
という受け止められ方をされたとしたら…議論にならないよな。

まして中心となる議論が複雑で難解だと、なおのこととっつきにくくなる。

結局みんなその議題には触れずに生きていくことになるだろう。
そんなもんに触れなくても生きてはいけるんだから。
それが生きがいって人からしたらたまったもんじゃないだろうが、実際そうなんだから
ごちゃごちゃ言われたところで仕方がない。

もう一つうまくいかなかった事例を挙げると、ガンダムSF論争あたりか。
一部のSF屋がガンダムはSF的に正しくないしSFではない、と主張したが
逆にガンダムの側がSF的設定をどんどん取り込んでいったという皮肉。

最初ジャンル違いだったものが、極めてそのジャンルの側に近づいて
いき、生き残ってしまったという話である。

似たようなことが、疑似科学で起こることは99.9999%ないとは思うけど。
疑似科学が正しくとりこめるわけがないからな。いずれ滅ぶだろ。
そこに至るまで時間がものすごくかかりそうなのが頭が痛い。

正しさにこだわるのも必要だが、どこでこだわるかによってえらいことに
なるんじゃないかという危惧がある。
少なくとも科学は条件付きとはいえ、世界を近似できる数少ない方法なんだから
そいつが衰退するってのは、世界をちょっとでも正しく見る方法が減るってことだ。

SFが衰退したとしても影響はそこまでないかもしれんが、科学が衰退するとなると
結構問題だと思うのだが、どんなもんだろうか。

2/10追記:新聞によっては歴史修正主義という単語結構使っていますね。
朝日と日経はかなり多用してました。

ただ、一般化するかどうかはまだ判断できませんね。






posted by とくがわ at 14:27 | Comment(1) | TrackBack(0) | 科学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
新聞なんかでもよく見ますけどね歴史修正主義。
イデオロギーを元に、貧弱な証拠を元に自分たちの都合に悪い内容を修正しようとするたくらみの批判に使われる用語と化してますね。
歴史修正主義者の活動は、ホロコースト否定とか日本の侵略否定とかの例が多いかと。
修正したがる側がまともに証拠出せないあたりがニセ科学者とそっくりと言えると思いますよ。
Posted by at 2015年02月08日 22:05
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