2015年02月28日

オークは虐待するほどに美味しくなる -2-

しかし、オークは本当に美味いのか。
そもそもヒトやブタに近い味がするのかについて、引き続き検証してみよう。

オークというものをどのように作るか。
技術的側面から考察すると複数の手段がありうるだろうが、基本的には
遺伝子操作でヒトの遺伝子をブタに組み込むか、ブタの遺伝子をヒトに組み込む、
そうでなければ免疫寛容を利用したキメラ胚作製、この三つではないだろうか。

遺伝子的にヒト由来のものとブタ由来のものを発現させてやり、表現系が
ブタかつ二足歩行の性質をもった生物にしてやればいい。

ものは考えようだが、ブタやヒトの遺伝子を利用せずにオークを作成する
こともできることはできる。
そういう見た目になる遺伝子セットと、二足歩行の際に必要な遺伝子セット、
生存に必要な遺伝子セットがそろえばいいのだから。
セットがそろっていればヒトやブタに限定する必要はない。

ただ、他の生物から持ってきたり新規に遺伝子を作成するのは、かなり
大変であると思う。
それだったら既に存在するヒト遺伝子やブタ遺伝子を利用する方が楽だ。
すでにあるのに利用しない手はない。

作成者が楽をするために行った、このヒトやブタの遺伝子を用いた
オーク作成の場合には、ヒトやブタのある性質を継承する可能性は高い。

味である。

発現している遺伝子セットが一緒であるなら、当然生成されるタンパク質や
酵素、各種産生物質も一緒である。必然的に味はヒトやブタに近づくはずだ。
ヒトやブタの遺伝子が利用されたオークの味は、ヒトやブタの味に近いと
結論付けてもいいのではないだろうか。

技術的に魔法を使おうが科学を使おうが関係ない。
発現している遺伝子セットが一緒なら、おそらく得られる結果は一緒である。
キメラ胚を利用した場合と遺伝子操作によって味は若干変わるだろう。
ヒト部分とブタ部分のパーセンテージでも味は変わりそうだ。

キメラ胚の場合、部位によって味がどちらになるか変わる。
顔の組織がブタ、それ以外がヒト、といった場合ほとんどヒトの味になるだろう。
もっともヒトと豚の味は比較的近いという説もあるので、料理によっては違いが
わかりにくいのではないだろうか。

…もし美味しくなるのであれば、ヒト遺伝子をブタに組み込んで新種のブタを
つくるってのもありかもしれないが…

それにしてもこのオーク、なんだってこんな美味しそうなものを作ったのだろう。
ヒトと組み合わせるという理由もあるのだろうか。






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posted by とくがわ at 11:04 | Comment(0) | TrackBack(0) | 妄想科学ミシュラン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年02月22日

オークは虐待するほどに美味しくなる -1-

さて、どの生物の味から思い描こうか。
想像上の生物といっても実に多種多様である。

手始めに、見た目からして美味しそうな空想生物を狙うことにしようではないか。
たとえば…そう、オークなどいかがだろうか。

実のところオークの歴史は浅い(原点の悪魔まで含めれば別だが)。
J. R. トルーキンが想像して生み出したモノを原点とした、ブタ鼻のヒューマノイド、
というのが起源だとすると、その歴史は70年ないことになる。

(追記:なおトルーキンのオークの見た目は劣化エルフ、とでもいうべき
 ものであってブタ鼻ではない可能性が高い。どうしてこうなった。)

そう、ブタなのだ。オークの見た目はブタなのだ。
ブタであるとするなら、それはもう美味くないわけがない。
牛の方がおいしいという意見もあるだろうけど、それは置いておこう。

さまざまな料理に絶対に合う。合うにきまっている。
ブタ肉の料理がどれだけ存在するか、考えるだけでよだれが出る。
正直なところ見た目がブタで味までブタなら、場所によっては絶滅すら
させられるんじゃなかろうか。人類によって。

とはいえ実際のところは、ブタの元であるイノシシが絶滅させられているか
というとそんなこともなく、もちろんブタが食い尽くされることもないと
考えると、さすがにオークが絶滅に追い込まれるというのは考えすぎだな。

野生のオークが美味しいかどうか、これは意見が分かれそうだ。
そもそも、それ以前に安全に食べられるかどうか、ここが問題である。

ブタ肉自体にも、寄生虫やバクテリアが発生しやすいことは御存知だろう。
とするとオークも美味しく食べられるかどうか怪しいかもしれない。
しっかり火を通せば大丈夫だろうか。

だとしてもだ。雑食の可能性の高いオークは臭みが強いかもしれない。
肉食の傾向が強い生物だとしたら、その臭みはさらに強まるかもしれない。

そのままでは食えたものではないとするなら…逆に考えるんだ。
そのまま食べなければいいのだ。例えばこんな風に。

汚いオークを見つけたので虐待することにした。
他人の目に触れるとまずいので家に連れ帰る事にする。 
嫌がるオークを風呂場に連れ込みお湯攻め。 
充分お湯をかけた後は薬品を体中に塗りたくりゴシゴシする。 
薬品で体中が汚染された事を確認し、再びお湯攻め。 
お湯攻めの後は布でゴシゴシと体をこする。 
風呂場での攻めの後は、全身にくまなく熱風をかける。 
その後に、乾燥し脱穀した種や植物を食わせる事にする。 
そして俺はとてもじゃないが飲めない白い飲み物を買ってきて飲ませる。 
もちろん、温めた後にわざと冷やしてぬるくなったものをだ。 
その後は棒の先端に無数の針状の突起が付いた物体を 
左右に振り回してオークの闘争本能を著しく刺激させ、体力を消耗させる。 
ぐったりとしたオークを部屋の中に毛布をしいただけの 
質素なベットに放り込み寝るまで監視した後に就寝。 

ただ、この方法には一点問題がある。
あまり虐待しすぎると…ある種の感情が湧くよな。






posted by とくがわ at 18:39 | Comment(0) | TrackBack(0) | 妄想科学ミシュラン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

妄想科学ミシュラン はじめに

想像上の生物というものを人類は多数(脳内で)生み出してきた。
その数は数千、数万…いや、想像を絶する数になるだろう。

これまでに地上に存在した人類は1000億ともいわれれいる。
過去と現在の人類すべてが1種類ずつ想像上の生物を生みだしたとしたら、
その数はこれまでに地球上に存在したすべての生物の数とどちらが多い
だろうか。

そして。ふと思うのだ。
そういった想像上の生物というのが、これだけたくさんいるとして。

味は、どうなのだろう。

正直なところ、想像上の生物の味など想像するだけ無駄だろう。
しかしながら、である。

人類は既存の生物を大幅に操作し、その味を人類に好ましいものに改変し、
それどころかありとあらゆる遺伝子をどの位置でも切断できるまでになった。
そう遠くない未来に、完全な新規生物すら作成できるかもしれない。

そうなってくるならば…究極の、至高の想像上の美味なる生物が何なのかを
考えることはあながち無駄ともいえないのではないか。

想像上の生物をいずれ人類が生み出し、それがこの地球上に存在した
いかなる生物をも凌駕する美味だとするなら…食べてみたくは、ないだろうか。




posted by とくがわ at 18:18 | Comment(0) | TrackBack(0) | 科学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする