2015年01月31日

錬金術が先か真理の探究が先か

科学者が真理の探究を行いたいのは、本能的なものかもしれない。
だとするなら、それを止めさせるなんてことは土台無理である。
…ってそれだけだとマッドサイエンティストとおんなじじゃないか。

人間ってのは本能的に何かを知りたがる、それは子供見てたらわかる。
とくに3歳くらいになると、どうしてどうしてを連呼し始める。
この質問に対して、なるべく答えてあげる、だけではなくそういう気持ちを
つぶさないようにすることが科学者を生む土壌になるのではないか。

…って科学者産もうとするのはまちがいだという考えもあるけどさ。
だってさ、割に合わんで科学者なんて。
金のことだけいうなら、金勘定やる仕事に就くのが一番だろ。
もっとも金だって絶対ではないとは思うが、資本主義だって数百年の歴史が
あるんだから明日から金が使えないってことは、まぁそうそうないと思う。

そう考えるならばだ、なんでそんな割に合わないことに興味を持たせる
必要があるのか?
そりゃ効率だけ考えりゃ、今日明日は科学者なろうなんていい考えでは
ないかもしれない。
先ほども言った通り、科学者何てそんなに金になるもんじゃない。

しかし金勘定だけで世界は動いてはいない。
いろんな研究成果だの科学研究だの成果は、莫大な資産を生み出すことになる。
新薬1つつくれば数百億数千億の価値が発生する。
放射性元素など、1g数百億では効かない代物すらある。
物質としての価値、情報としての価値、そういったものは現時点では発生して
いなくても、明日発生するかもしれないし来年発生するかもしれない。

そういうことわかってる人なら、科学に投資というのはありえる選択肢だ。
無論そんなものは確実性などまったくないので、安全とは程遠い代物
なんだけども。
安定だけ考えれば科学に対する投資なんて、選択肢に上がらないよなぁ。

だが、その結果アメリカは未だに世界No1なわけだ。
まぁもっとも、アラブの大富豪連中あたりが現ナマジャブジャブ科学につぎ込む
なんてことになったらわからないけれど。

イスラム教徒の間でもそのあたりは意見が分かれるらしい。
あくまでムスリムでも何でもない第三者の意見だが、ムハンマドはどちらかと
いえば発展望んでたんじゃないかという気もするので、現ナマジャブジャブ
科学にドーンはそんなに教義から外れない気もする。

話を科学への興味に戻すと、金になろうがなるまいが、科学者って生き物は
真理の探究を止めない性質を持っているので、これを変えろというのは
ペンギンに空を飛べとか、モグラに木に登れというようなものである。

だとするならそれをだれが支援するか、て言う話である。
アメリカとかだと金持ちが支援することもあるが、日本というのはもともと
政府主導の殖産興業の国だったせいもあって、一般の金持ちが科学者
支援というのがいまいち現実的でない。
さらにそういう金持ちに、科学者がパトロンになってとアピールするのも下手だ。

じゃあ誰がそれやりゃいいのかって話だが、昔の理化学研究所なんかだと
やっぱ科学者が金持ちのパトロンに金出してもらってやりたい放題やって、
結果成功したら大儲けなどという、割とガバガバなことをやっていたわけで。

それ今の日本で許せる金持ちがいるのかねぇ?
…もし某細胞があると信じている人たちがいまだに信じているなら、
あの研究所買い取って自分たちの金部っ込んで実現すればどうだろう。
フリンジな科学にまい進する人たちも、自分の金なら文句は言われない
んだからどんどん金ぶっ込んでほしいもんだ。

…まぁどうせなら金ぶっ込むのは、もっとまともなもんにするべきだけど。
そういう意味では某ヘリオスとかそう悪い選択肢でもないかもしれない。

真理の探究のためには、生きても行かなきゃならないしお金もいるし
そう考えると金ってのは結構重要なファクターではある。
金を集めるには興味引くのも大事だなぁ…

科学の期限のひとつである錬金術も、もともと真理の探究が端緒だった
はずなのに、金儲けのために金作りたいってやつも出てくる。
金を作るためにそれ以上の金をぶっ込むってこともしばしばあった。
何のために金をめざすのかもうこれわかんねぇな。

posted by とくがわ at 22:41 | Comment(0) | TrackBack(0) | 科学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年01月29日

科学振興をアニメヲタクに学んでみる

科学は科学ヲタクのためだけにあるわけではない。
そりゃそうなんだけどさ、科学ヲタクは放置しといても興味を持つけど
普通の人は興味を持たないじゃん。

科学っていうのが普通の人から遠いところにあるとしたら、その
問題の原因ってのはどこにあるのだろうか。
科学の成果物ってのは周囲にいろいろあるのだが、それを
成果として知らなくっても生きていく上では何ら問題はない。
そこらへんもどうも問題な気がする。

例えばこの文章を読者の皆様がどうやって読んでいるか。
ある人はパソコンで、ある人はスマホやタブレットで読んでいるだろう。
スマホとかタブレットとか、モーセあたりが見たら魔法の石板に
見えるんじゃなかろうか、いやほんと。

実際問題魔法で動いていようが科学で動いていようが、利用者から
したら動けばどっちでもいいよね。
まぁ何かあった時対処できないだろうけどその認識だと。
とはいえ壊れたりした時は普通は自分で修理とかできないし、販売店に
持って行くんだから、極端な話そのタブレットが魔法で動いてて、
販売店で魔術の儀式やってるかどうかなんてわかったもんじゃないわな。

いや、実際にはあり得ないこと言っているのはわかってるんだよ。
でも利用者からしたら、ガラス表面の電気抵抗の変化でタッチパネルが
操作できるといわれようが、微弱な魔力の操作でタッチパネルが操作できる
といわれようがわかったもんじゃない。

さておき、これだけ身近にありながらここまで遠くなってしまった科学。
モノに対する興味があまりに失われたことが、問題の原因だろうか。
どうしてこんなにみんな興味ないのか、もっと興味持てよ!と
科学ヲタクが松岡修三風に叫んだところでますますドン引きされる
だけである。

ここは一つ、他分野のヲタクのうち一般人への侵食に成功しつつある
アニヲタにでも学んでみるのがいいのではなかろうか。
無論アニヲタ、未だに嫌われてるという意見もあるだろう。
だが、奴ら確実に領土を増やしてるからなぁ。

ここで代表的な領土を挙げてみたいと思う。
やや表現が過激になっております。各組織に思うところはありません。
初めにお詫びいたします。












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posted by とくがわ at 23:55 | Comment(0) | TrackBack(0) | 科学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年01月27日

「学校では評価されない項目ですからね」そうでもないよ

一流の研究者というのは一流のアスリートに匹敵するくらいレアな存在で、
とするならその考えをトレースするのは、一流のアスリートのプレーを
模倣するくらいに困難なのかもしれない。

まぁ出来ないとまでは言わないけれど、それ相応の覚悟が必要なんじゃ
ないかな多分きっと。

そこんところを軽視して突っかかっていくってのは、ほらアレだ、
ドンキホーテが怪物だと思って風車に突っ込んでいくようなもので。
いや、まだドン・キホーテは風車を怪物だと思っているだけマシだ。

例えば昨年のSTAP細胞事件で、STAP細胞があると思いこんでたり
主張してたりする人らの意見というのが実にガバガバで、穴が
ありまくるのが自分程度の科学者のなりそこないの目から見ても
明らかだったのだが、それでもそういう人たちってのはいなくならない。

君らのズボン、チャック全開なんだけど。
いやそれどころか、見えてるパンツの穴まで見えるんだけど…という
レベルな恥ずかしさなんだが。
それが一流選手に突っかかっていく様は…さすがに何度か指摘はしたが
余りにやるといじめになるので止めた。

さすがに最近になって、完膚なきまでに叩きのめされたのか大手を振って
そういう意見は出てこなくなったのだが、そこに至るまで1年近くかかって
いるというのはなんというか恐ろしい。

おそらくだが、最近までSTAP細胞があると主張してた人たちが
主張を引っ込めたのは、あくまで空気を読んで引っ込めただけで
理解して引っ込めたわけではないと思う。

つまるところそこまで理解してもらえないものなのだ。
最初に触れたとおり、一流のアスリートの動きというのは真似するのは
大変だ。しかしその凄さを見て理解することくらいはできる。
…一流の科学者の思考やその産物って、見ても理解すらできないものなのか?

むろんある程度の知識がある人間からしたら、理解できないってことは
ないのではないかと思う。しかし、ある程度の知識がない人間からしたら、
それはもう理解の範疇を逸脱する代物なのかもしれない。

科学者は魔法使いでも何でもない、と思っているのは本人や科学を
理解している人たちだけで、ある程度の知識を持たない(持つことを
嫌がる人すらいる)人たちからしたら、それはもう魔法と変わらないの
かもしれない。

…魔法使い狩りとか、中世か!

そういう知識をもたない、いや持ちたがらない人に対して科学者は
どうやって理解させればいいのだろうか。
…かといってそういう人たちを子供扱いするわけにもいかないだろう。
なんせ大人なんだし、本人たちもそう思っている。

…だけどある分野の知的レベルは小学生並みだったりするんだがな。
そういう人たちの子供が、科学分野に興味を持つ…期待できそうにない。

それにしても、こういう科学分野への理解力の差異って、遺伝子レベル
とか脳の構造とかで決定してたりしないだろうな。
もしそうだとするとこれはかなり絶望的なんじゃないだろうかいろいろ。

現在の社会において大変重要な科学に関する理解力、そんなもん
学校では評価されない項目だろうけどさ、いずれその能力の有無で
特定分野に進める進めないってのが判定される時代来るんじゃないか?

そらオボちゃんみたいなのが来なくなるのはいいけどさ、イレギュラー
って書いて劣等生と読ませるような人がその分野に来れなくなるのは
結構まずいんじゃねぇかなぁと思う。

いやまぁそういう人が来ても科学のルールにのっとるなら、
なんら問題はないのが科学のいいところでもある。


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posted by とくがわ at 00:33 | Comment(0) | TrackBack(0) | 科学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする