2014年10月25日

禁断の社会化学反応 マッドと社会の不協和音 10−4

世の中にはいかがわしいもの、グレーゾーンっていうものが多々ある。
このシリーズでも挙げた常温核融合などもそうだし、グレーどころか
真黒なものだって多い。

グレーなものはともかく、真黒なものなのに騙される人がいるような
ものはどうしたらいいのだろうか。
代表的なものとしては永久機関などが挙げられるだろうか。

明らかにクロなものは自然淘汰されてほしいものなのだけれども、なかなかされない。
これが何故かというとだ、結局人間信じたいものしか信じないという
悲しい性をもっているので、ここに人によっては難解すぎて理解できない
理屈の存在や、間違った理屈に対する盲信が産まれる。

…義務教育じゃねぇから見捨てるしかないんだろうけどさ。
身も蓋もないことを言うと、その盲信しているもの試してみりゃいいんじゃ
ないかと思うわけだ。
試せる場所作って思う存分そこで試してみろよと。
んで思う存分失敗してみたらひょっとしたらうまくいくものもあるんじゃないか。
99%…いや99.99%うまくいかないものしか出てこないだろうけど、
ひょっとしたらこれまでの理屈じゃ説明できないものとか出てくるかもしれない。

そういうマッドサイエンティスト特区作って頭のアレな人を隔離…もとい
思う存分自由にやってもらうというのはいかがだろうか。
もちろん、場所は提供するけど資金の調達とかは自分でやってもらうって
レベルにしないといけないとは思うんだが。

マッドサイエンティスト特区には詐欺師はやってこないと思う。
詐欺師にとっちゃ頭のおかしな人と思われるのはきついからな。

頭のおかしな研究ってなにも素人の理屈のわかっていない人だけが
やってるわけじゃない。
三菱重工の元素転換とかよくやるよと言いたくなるレベルだ。
常温核融合とかなり近い領域だと言えるから、そりゃ普通に考えたら
ありえないだろと思うのだけれど。

マッドサイエンティスト特区の第一区画には企業とか大学のぎりぎりな
研究を中心に入れて、端っこに行けばいくほど現時点で理屈に合わない
研究って判定で。
でもひょっとしたらひょっとするかもしれないんでな。

そういうオルタナティブサイエンスを否定するよりは、思う存分やって
やっぱり駄目だったと明るく気づいてもらう(もしくは死ぬまで気づかない
かもしれないけどそれはそれで)ってのもいいのかもしれない。

さすがに一緒にされたらアレかもしれないが、故笹井芳樹CDB副センター長が
ポートアイランドに建設しようとしていた再生医療都市ってかなりそれに近い
スメルを感じるんだよな。
うっさんくさい企業とかも存在する点も含めて。
…うっさんくさいの中に自分たちが入ってしまうあたりがまた似てるというか…

ただ、マッドサイエンティスト特区の中でうまくいってしまったものが出たら、
莫大な金生み出すことになるのでいろいろ面倒なことになると思う。
うまくいったら特区から出て行ってもらうしかないな。
…もうやだこの特区。

世界を救うようなとんでもないものがここから出てくるといいなぁと思う一方
マッドサイエンティストに救われるような世界はもう滅んじまえと少しだけ
心のどこかで思う。

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posted by とくがわ at 02:45 | Comment(0) | TrackBack(0) | マッド社会派サイエンティスト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年10月07日

禁断の社会化学反応 マッドと社会の不協和音 10−3

日本や世界の問題を解決する方法は、様々な人が提言しているのだが
実現できないのは何が問題なのだろうか。

一番大きいのはコンセンサス…同意が得られていないことだと思う。
そもそも日本や世界ってヤバいのか?というレベルだったりしねぇか?

科学技術の進歩が環境に与える影響の大きさとか、科学者ですら
正確に把握できてないんだから一般人である自分たちにはまるで
わかんねぇと言わざるをえない。…一般人なんだよ!

わからないものには対処の仕様がないわな。
わかってしまえば対処の必要がなかったり放置したりすればいい
ものもあるだろう。

皆がわかるためには調べるのが得意な人が調べつつ、それ以外の
一般人は調べた成果に興味を持つことが重要なのだろう。
それが難しい。

なにせ研究やら調査やらというのは小難しい表現多用されているし
(といっても研究やる人間の間ではふさわしい表現といえるのだが)
ちょっと興味を持ったからといって簡単に理解できるものでもない。

…そこにろくでもない奴がまぎれこむことがある。
本来の意味するところとはまるで別の意味を紛れ込ませて騙そうとする奴、
わからないということを利用して騙そうとする奴ももちろん厄介だ。

ネットが誰でも使えるようになって本当に厄介だと思うのが、一言で
言うなら半可通というところか。
声の大きな馬鹿というのは結構しゃれにならない。

いや、自分も馬鹿だという自覚はあるのだけども。
だがそんなに大声で怒鳴り散らしてることはないと思うので、迷惑は
かけていないと思う。

声の大きな馬鹿のせいで有用な議論がつぶされるなんてことは
よくあるわけで、ネットで議論するに当たっては、議論の内容は
基本的には誰でも見られるけど、特に重要なものに関しては
議論に参加するのは選ばれた人でないといけないのではない
だろうか。
誰が選ぶんだって話もあるんだけれども。

やっぱり100人いて99人が問題だと思う人間は、議論に参加させたら
確実に混乱するのが目に見えてるわけで、集合知には除外も
やっぱり必要なのだろう。
除外といっても状況に応じて対応していけばいいだろうし。
(もっとも言論テロリズムみたいなことやらかす奴は論外だけど)

そういうわけわからん奴(自分含む?)がこれだけのさばっているのは
「口じゃどうとでもいえる」
というソクラテス以来の人間の業が原因なのではないだろうか。

しかも誰でも簡単に言えるようになった。
いったことができるのか、いったことに責任持てるのか、いったことが
やれるかどうか試したのか?

「じゃあおまえやってみろよ」というのは場合によっては必要だと思う。
やってみて後悔するのはたぶんやった奴だと思うけど。

…そういうことできる場所も金もない?
だったらどうやったら作れるか考えてみてはどうだろう。

次回、究極の特区構想について。
posted by とくがわ at 01:27 | Comment(0) | TrackBack(0) | マッド社会派サイエンティスト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年10月06日

禁断の社会化学反応 マッドと社会の不協和音 10−2

ここまで極端でなくても、現状打破のためには多少の負担は必要じゃないか
という考え方はあると思う。
どのようにその負担を行っていくか。それが問題だ。

・税収を上げて対策を国家推進で行う
・生活に制限をかけて問題を軽減する
・科学技術を進歩させて負担を軽減する

このあたりが方法論として挙げられるだろうか。

国家主体でどうのこうのというのは正直限界があると思う。
どこの国も財政赤字でアップアップ言っているのに。

かといって生活に制限をかけるというのもちと苦しいだろう。
徐々にやっていけばいいだろうけど、それでも生活が悪化する
というのはあんまり好ましいものではない。

とするとあとは科学技術の進歩…ということになるが、それにしたって
国家が投入できるものは以前より格段に減っている。
それにどのような対策を行うか、ということの決め打ちを行ったら
反発も大きなものになるだろう。

例えばどこかに住んでる人が、何かの対策のために移住させられる、
そういう状況になったらいい気はしないだろう。

対策の方針だって気に入らない人はいくらでもいるだろう。
さて、そうなってくるとどう折り合いをつけるかが問題である。

…どういう対策を打とうが納得しないなんて人もいるだろうけど、
もうそういう人はとりあえず放置しておいて、ある程度納得できる
対策を共有するために何ができるのか…

21世紀に入る直前あたりから、インターネットによる情報共有が
飛躍的に進歩しているのだ。
何を言っても納得しないという人はとりあえず置いておいて、何かしら
できることの共有を進めることが大事なのではないか。

個人によってできることに差はあるが、知らない限りは0である。
問題がいろいろあるのはわかっている、対策がこういうことがあるのが
わかっている、そこまで来て初めて自分に何ができるのかを把握できる
のではないか。

ちょっとずつみんなで負担する。
それはお金だったり労力だったり頭脳だったりするけれど、問題を
解決するためにどのように振り分けるか、個々人で決めていって
進めるボトムアップも徐々に可能になるのではないか。

方向性はトップダウンで政府や研究機関などが決めて、そこに投じる
リソースは個人の裁量で進める…ユビキタスの組織版というところか。

新しい技術というのももちろん必要だが、新しい組織にも人間が
適合しないと地球が持たんのかもしれない。
…適合できなかったらどうしたらいいのだろうとは思う。




posted by とくがわ at 15:10 | Comment(0) | TrackBack(0) | マッド社会派サイエンティスト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする